約 2,491,936 件
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/15.html
「女の子要りませんか」 「……」 僕はきっと悪い夢を見ているんだ。 そうでなければうちのクラス委員長が「女の子要りませんか」なんてことを開口一番に言って、玄関の扉を開けた僕の目の前に要るわけが無い。 悪い夢だ。 ……あれ? でも別に悪いことでも無いような。 それに帰ってきてから寝た覚えがないなあ。ベッドへ向かった記憶も無い。確かさっきまで明日の予習を―― 「向井君」 「は、はい」 向井とは僕、向井誠一のこと。ずっと同じクラスではあったけど、委員長に名前を呼ばれたことは数えるくらいしか無かった気がする。 少し釣り目で、フレームが下にしかない眼鏡を掛け、上は耳に掛からないショートカット。「男女平等というのならば女性も男性と同じように長い髪 は禁止すべき」と言って聞かず、一時期学校であまり良い意味ではなく知られていたものの、成績はトップクラスで品行方正。学校からすれば「手の掛からない 優等生」との称号だったと思う。 誰からも『委員長』という名でしか呼ばれたことを見たことが無いけど一応本名は覚えている。 辻川友香さん。 高校3年になる今年まで全く校則違反になることはしたことが無いらしいし、した人間を見つけると直々に制裁していると囁かれていて風紀委員会なんてものが形骸化しているらしいのもこの人のせいだと友達から聞いた。 それくらいの情報は高校の誰もが知っていると言い切れるくらいに知らない人が居ないという人。次期生徒会長との呼び声も高いけれど、本人にやる気は無いとか。 「どう?」 「どう、と言われても、その、困ります」 「困られると困る」 「えっ?」 僕にどうしろと言うんだろう。 「なんで僕の家に?」 「上がらせてもらうわね」 僕の質問に答えずにずいっと部屋に入り込んだ委員長。 「ちょ、ちょっと待って待って。ど、どういうこと?」 「私聞いたわ」 こんなときでもきっちり靴を玄関で揃えた後に玄関のラグの上で背中をこちらに向けたまま、ようやく答えてくれる。 「あなた、一人暮らしなんですってね」 「え? あ、うん、そうだよ」 妻が夫の単身赴任に付いて行くことって漫画とかではたまにあるけど、実際は珍しいはず。でもお母さんは自分の実家が近いことを理由にお父さんの単身赴任についていってしまった。僕1人を残して。 振り返った委員長が胸を張るなり、腰に手を当ててこう言った。 「男1人の生活は辛いでしょ。食事とか掃除とか洗濯とか」 「大丈夫だよ」 「いいえ、大丈夫じゃないわね。平均的な男子高校生は家庭科の授業以外に料理や掃除、洗濯をしたことが無いはず。そんな男子高校生が1人、まして や昼は真面目に授業に出ているあなたが、こんな一軒家に住んでいるともなれば掃除がおろそかになるでしょう。食事もカップ麺やコンビニのお弁当ばかりで、 洗濯だって山積みになるわ」 「あ、あの……」 「だからあなたは私を買いなさい」 「買うって、その、無茶苦茶じゃない?」 人身売買は法律で禁止されているはずだし。 「じゃあ雇う」 「僕、人を雇うほどお金持ってないよ」 親からお小遣いは生活費と別に毎月振り込まれているけど、とてもじゃないけど人を雇うなんてできる分は無い。 綺麗に整えられた細い眉が少し釣りあがる。 「いくらくらい貰ってるの」 「月に1000円」 「…………」 委員長は僕を見たまま停止していた。 「え、どうしたの?」 「……あなた、それでよく生活できるわね」 溜め息と共に両手のひらを天井に向ける。 「そうかな。月に2冊本が買えれば十分だよ」 「たった2冊でしょう。……とにかく私はあなたの家に泊まるから。支払いについては後回しでいいわ。とりあえず掃除からやりましょう」 「ちょ、ちょっと」 今度は静止を振り切ってリビングの中へ踏み込む委員長。追いかけるようにして僕がリビングに入ると何かにぶつかった。 「痛い」 「え、あ、ごめん」 ぶつかったのは他でもない、委員長の背中にだった。 「誰か別に雇っているの?」 「え?」 「家政婦とか」 「全然」 「随分綺麗じゃない、リビング」 「ん、趣味が家事だから」 そう。それが僕を1人で残していった理由。 お母さんは掃除、というより家事全般が苦手で、それを承知でお父さんは結婚したって言ってた。だからその分、僕が全部やらないといけなかった。 幸いにも家事はどれもはやっていくうちに苦に思わなくなったし、やればやるほど結果が付いてくるものだったから別に嫌じゃなかった。ちゃんと生活費もお小遣いも振り込んでくれるから生活に困ることもないもんね。 「生活費は余ったりしないの?」 「するよ。それは全部貯金してる。帰ってきたらお父さんとお母さんに返そうと思って」 「……そっ」 「そ?」 「そ、掃除ができても料理はどうなの」 「料理もするよ。外食は高いからね」 「……じゃ、じゃあ食べさせてみなさい」 「うん、分かった。あ、そういえば久しぶりだなあ、他の人に食べてもらうのって」 何が冷蔵庫に残ってたかな。1人分でいつも考えてたから材料が足りるかどうかちょっと不安。 ってあれ? さりげなく僕、委員長を受け入れてる? 「……ま、いっか」 まだ雇う雇わないっていうのを決めるときではなくて、単にうちへ遊びに来たから夕飯を振舞うっていうだけだし。委員長もお金がどうとかいうのは後回しでいいって言ってたよね。 「ごめんね、量が少なくって」 「構わないわ」 そろそろ寒くなってきたし、クリームシチューを作ってみた。 初めて家に連れてこられた子犬のようにおそるおそるスプーンを口に運ぶ委員長。 「どう?」 「……おいしい」 僕は安堵の息を吐く。 「良かった。いつも自分とお父さん、お母さんの味覚でしか問題ないって言われてなかったから」 「…………」 でも何故だか委員長はさらに不機嫌そう、というか困ったような表情をしている気がした。 「何か……」 「え?」 「何か無いの!?」 バネが弾けたように両手をテーブルに突いて立ち上がる。 「何かって……あ、ごめん。シチューにはご飯よりもパンの方が良かった?」 「そういう何かじゃない!」 「おいしくなかったの?」 「おいしかったわよ!」 何故こんなに怒られてるのか、ちょっと分からない。 「困ってることとか、やれてないこととか!」 突然力説されても……あ。 「勉強、かな。あまり成績良くなくて」 「…………はあ」 力なくそのまま立ち上がった椅子に委員長は再び座り込んだ。 「まあ、それで」 「え?」 結局良く言いたいことが分からないまま、後は無言の食事が続いた。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/16.html
「ごちそうさま」 「お粗末さまでした」 「それにしても……」 皿洗いくらいは自分がすると言うので委員長に任せて、テーブルを拭き終わったら一息入れることができるようにとお茶を淹れていた。前にお歳暮で貰ったという緑茶で、大分暖かくなってきたこの時期にはちょっと熱いかもしれないけど。 「あなた、本当に1人でも別に困ってないのね」 「うん、大丈夫。たまに掛かってくる電話でもお父さんとお母さんにいつも言ってるのに……」 「仕事とはいえ、大切な1人息子を家に置きっぱなしともなれば心配にもなるでしょう」 「かな?」 ようやく全てが終わって椅子に座ってから、ようやくこの状況の奇怪さを思い出した。 「忘れてたけどそういえばなんで委員長は僕の家に来たの?」 「…………あなたがそれを聞くの? 私を馬鹿にしてる?」 「え? 何で?」 「まさか教えられてないの?」 「何を?」 「…………」 「…………」 疑問符の掛け合いに飽きて、特大の溜め息の後、委員長は夕食のときと同じように僕の向かいに座って答える。 「あなたの叔父さん、母方の叔父さんが条桜院(じょうおういん)の学校長なのは知ってるわよね」 「うん、もちろん」 条桜院とはうちの学校、条桜院高校のこと。男女共学の進学校で成績はある程度良くないと入れない。自分でも良く入れたなあって思ったよ。 「もしそこから話さなきゃいけないなら私は今すぐここを出て行くところだったわ」 それはそれでありがたいような。 口には出してないはずだけど、心を読まれたのかじろっと睨まれてからすぐにまた溜め息を吐いて続けた。 「で、そのあなたの叔父さんである学校長があなたの母親に様子を見て欲しいって言われたそうなのよ。今年は高校3年生で大学入試もあるから、自分が居ない間に色々と疎かになってはいけないってことみたいね」 「でも委員長も今年受験だよね」 「当たり前よ。だから本当はこんなことしたくなかったわ。でも学校長直々にそんなこと言われたら断れないでしょ」 きっと叔父さんはお母さんに頭が上がらなかったって言ってたし、今回も逆らえなかったんだろうなあ。そしてその叔父さんに委員長が断れなかったと。お母さん、皆を巻き込みすぎだよ……。 お母さんは普段、家事ができない代わりに自宅で出来る翻訳家としてうちの家計を支えてる。パソコンと本があればいくらでもできる! ってことで 始めたんだっけ。気楽にできるから自分に合ってるとか言ってたけど、本当は結婚しても家事がまともに出来ずに落ち込んでたお母さんが、お父さんに悪いか らってせめて家計の手助けくらいはしたい、でも家に帰ってきたときに出迎えてもあげたいからと探して見つけたことを知ってる。でもお母さんが必死に隠して るからこの経緯についてはお父さんには秘密。きっとお父さんのことだから分かってると思うけど。 「最初は学校長自らが住んで逐一様子を伝える、というのも考えたらしいわ。でもさすがに親の実家で会うくらいしか顔を合わせていない自分が突然家 に住んだらあまりいい気はしないだろうって。そこで学校長は自分よりも年の近い、親しみやすい人間を派遣しようって考えたそうよ」 「別に叔父さんでも良かったと思うんだけど」 「だったら私に言わずに本人に言いなさいよ!」 ガタンと椅子をひっくり返すほど勢いよく立ち上がった委員長。その拍子に少し湯飲みの中身が零れる。 「あ、ごめん」 「いえ……あの、私もごめんなさい」 バツの悪そうな顔で椅子を立て直して、委員長は再び座って僕から受け取った台拭きで机を拭く。 「親しみやすいと言っても男の子じゃ駄目。お昼に言ったみたいに食事や洗濯みたいな世話が必要になるから。私は男子だから女子だからという考え方 は嫌いだけど、実際にそういう傾向があるのも事実。事実に目を背けて自分の考えだけを押し出すのは嫌いだから学校長の話に頷いたわ」 「そうなんだ」 「かといって単に女子を住まわせるというのもまた問題。若い男女が1つ屋根の下で暮らすにはそれなりの条件が必要なのよ。襲われる可能性が無いとも言えないから。この条件を満たした私に白羽の矢が立ったと……実に腹立たしいわ」 「何で?」 「あなた、鈍いってよく言われるでしょう」 「?」 「……いい、あなたに言ったって仕方が無いし。私があなたのことを好きだとか勘違いして襲ってきたりしなかったのだけは安心した、と同時にやっぱり腹が立ったわ」 誰だって突然あんなことされたら驚くのが先だと思うんだけど、委員長はそうじゃないんだろうか。それに関わりあいもプリントを渡すときくらいし かないのに、恋愛感情なんて沸くような展開は無くて当たり前のような。それと何でさっきからそんなに腹を立てているんだろう。よく分からない。 不満げではありながらも湯飲みを傾けて中身を飲み干してから委員長は言った。 「何にせよあなたには必要なかったみたいだけど、一旦請け負うと言ったからには期限までは約束通り行動するつもり。とにかくそういうことだから、しばらくここに泊まることにするわ」 「事情が事情だから仕方が無いね。明日にでも叔父さんに1人でも大丈夫だって掛け合ってはみるけど、お母さんが背後に付いているんじゃなかなか難しいかな。……あれ、じゃあ最初に自分を買えとか雇えって言ってたのは?」 「冗談に決まってるじゃない」 委員長も冗談なんて言うんだ、なんて言ったら怒られるだろうか。友達は教科書と六法全書を合わせて人間にしたような人だって言ってたし、悪いけれど僕もそれに近いことを考えていたから。 「っていうかあんなに素で返されたらこっちが恥ずかしいでしょ!」 「わ、分かったから落ち着いて!」 もう既にお茶は飲み終わってるみたいだけど、今度は湯飲みを落としたりするかもしれないし。フローリングとはいえ、さすがにテーブルの高さから落ちたら割れないとも限らない。湯飲みの代用品はいくらでもあるけど、委員長が怪我するのは良くない。 「ぐっ……」 皆が皆、クールだとか冷血だとか好き勝手に呼んでたけど、いつもは皆が居るからなんだかんだで怒りを押し留めているだけで結構委員長って熱くなりやすいのかも。 「とにかく事情は分かったよ。1つ部屋が余ってるから、そこを利用すればいいかな。布団も来客者用のものがあるから使って。今から家の中と部屋までを案内するよ」 「ありがとう。お世話になります」 やっぱりこういうところは非常に礼儀正しいんだなあ、委員長って。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/17.html
「玄関入ってすぐ左手にあるここがお風呂と洗面所で、入らずに真っ直ぐ行くとトイレだよ」 「お風呂、結構広い上に綺麗なのね」 浴室を見渡してから委員長が呟く。 「お母さんが拘ってて、この前改築したんだ。改築してすぐにお父さんについていっちゃったからほとんどまだ使ってないんだけど」 単身赴任も急な話だったから、仕方が無いかな。 「廊下を進んだ先がお父さんとお母さんの部屋。さっきのリビングの隣になるね」 「あら、ご両親の部屋は1階?」 「そうだよ。最初は2階だったんだけど、お父さん帰ってくるのがいつも遅いし、階段の音が響くだろうからっていう理由と、単身赴任とかも多いから 帰ってきてから2階まで上がるの疲れるだろうからっていう理由で2階の和室から1階のこの部屋に移動したんだ。僕はあまり気にならないんだけど、お父さん はそういうところ気にする人だから」 細かいところまで良く気づいてほとんど怒らないお父さんだからか、性格が対極に近いお母さんと上手くやってるみたい。なんだかんだでああやって単身赴任に付いていっちゃう辺りなんかを見ると、いい夫婦なんだなと思う。息子としては置いていかれるのが複雑な気分だけど。 「ってここまで話す必要は無かったかな」 「聞いてて面白いから構わないわよ」 「そういえばお母さんには会ったことがあるの?」 素っ気無く委員長は答えた。 「無いわ。私に決めたのは学校長と学校の教師だから。でも多分連絡は行ってるはずね」 「なら突然帰ってきても何も言わないかな」 僕がそう言うと怪訝そうな顔で委員長は尋ねた。 「突然……って帰ってくるときに連絡してこないの?」 「電話してくるときもあるけど、基本的にお母さんが運転してる間、お父さんは寝てるって言ってたから」 「でも運転前に電話1本くらい入れてくるものだと思うわ」 「そういうものなのかな? 帰ってくるのが0時とかになったりするからかもしれないけど」 良く考えると今まで帰る前に連絡を入れてきたことは無かったと思う。普段、0時くらいならまだ起きてるから、連絡してくれれば帰ってくる時間を見計らってご飯作るんだけど。 「……まあ本人が構わないならいいのだけど」 階段を上がって2階へ案内する。 「目の前にある扉はトイレの扉。向かって右手側は昔お父さんとお母さんが使ってた和室で、今は別に誰の部屋って訳でもないかな。逆側の小さな部屋は物置になってるよ」 1階も2階も階段周りを廊下がぐるっと1周するようになっているため、今説明した和室側を先に回る。 「和室の隣は空き部屋。向かい側にあるのが僕の部屋で、その隣も空き部屋なんだ。とはいってもあっちはちょっと倉庫みたいになってるんだけどね。 荷物はそんなに多くないからいざとなれば荷物の移動はすぐに済むと思う。それでこの空き部屋のどっちかを委員長に使ってもらおうと思うんだけど……」 「どっちでも構わないわ。でもあなたの部屋の隣よりは向かいの方が静かに使えるだろうし、いちいち荷物を運ぶのも面倒だからこっちを使わせてもらおうかしら」 「うん、分かった」 委員長が使いたいと言った部屋の扉を開ける。中は窓があるだけで他には何も無し。委員長が泊まりに来るとは思っていなかったから、空き部屋は月に1階くらいしか掃除はしていないため少し埃っぽい。 「待っててくれれば掃除するよ」 「箒と塵取り、雑巾くらいがあればいいわ。何でもかんでもあなたにやってもらってたら、どっちが面倒見られてるか分からなくなるし」 「了解」 「ああ、後!」 物置に行こうとした僕を引き止める委員長。 「何?」 「テーブルとか無いかしら。勉強机代わりになるもの」 「んーと、もう1つの空き部屋の方にあるかもしれないからちょっと中を見ておいてくれる?」 「勝手に開けていいの?」 「見られて困るようなものは置いてないからね」 言って、僕は物置の扉を開ける。掃除機や大まかな掃除道具はリビングの一角にも置いてあるけど、物置にできる部屋が2階にしかなかったからそれ以外のほとんどが2階に置いてある。 必要な掃除道具を見繕って委員長の部屋に置いてから、先に行ってもらうように行った僕の部屋の隣にある空き部屋へ入る。 「どう? 見つかった?」 「これは使っていいの?」 委員長の人差し指の先には足の畳めない木製の古びた机があった。大きさは半畳より少し大きいくらいの机。 「使ってもいいけど、それ足が畳めないから寝る場所考えると不便だと思うよ。こっちとかはまだ新しいと思う」 「これでいいわ。使わないときは立て掛けておけばいいし」 僕が指差した割と新しい金属製の足の付いた机に首を振って、1人で机を持ち上げようとする。 「重……っ」 「さすがにそれを1人で持ち上げるのは無理だよ。手伝う」 「お願い……。ここまで重いとは思ってなかったわ」 2人で部屋まで机を運び、その後で今度は来客者用の布団も同じ部屋から運び出す。 「まだ時間があるし、しばらく窓から外に干しておいた方がいいかも」 「そうね」 頷いて委員長は僕から布団を受け取って窓の外へ半分ほど出した。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/24.html
いつも通りに出たけれど、委員長に捕まったり、生徒会長と話をしていたために結構ギリギリの時間で教室の入り口を跨ぐことになった。 「あぶねー。せっかく久しぶりに早起きして出てきたってのに、いつもより遅く到着とか詐欺以外の何物でもないな。これからはやっぱりギリギリまで寝ておこう」 「今日はたまたまだって。ほら、いろいろあったし」 スムーズに来れてたらきっと5分弱は余裕があったはず。 「いやいやお前は分かってないな。『早起きは三文の徳』とか言っていたが、現実は委員長に捕まり、生徒会長……はいいとしても学校へギリギリ到着するという損をした。俺はこの諺を書き換えたいね。『早起きは三文の損』って」 多分世の中の半数くらいは賛成してくれるぜ、と冗談だか本気だか分からないことを言いながら手を振って、教室前の方へ歩いていった。隆二は前か ら二番目の、教師から見やすい位置にある席だから授業中寝づらくてかなわん、とか言ってた。寝るんじゃなくてちゃんと授業を受けろと言われるかもしれない けど、実際僕も人のことを言えないかな。 「おはよー、向井君」 「お、向井今日はギリギリだな!」 声を掛けてくれるクラスメイトに「おはよう」と挨拶して自分の席に座る。僕の席は窓際最後尾から2番目。昨日席替えをしたばかりだから、これからしばらくは授業がつまらなくても窓の外が見て過ごせそうだなあ。 本来ならそう言いたいところなんだけど、実はそうでもない。 何せ隣の席は―― 「あ、委員長遅いねー」 「忘れ物取りに帰ってたの」 「そっかー」 息を整えながら教室に入ってきた委員長が人差し指でずれた眼鏡を戻し、スカートの折り目を正しつつ歩いてきて、僕の隣の席に座った。 「おかえり。教科書は見つかった?」 「ええ」 頷いてから委員長はさっと教室を見回してこちらに意識が誰も向いていないのを確認してから、僕の机に1冊教科書を置いてもう1冊何故か同じ教科書を机に入れた。 「あ、あれ?」 2冊? 「……本当に疲れたし、呆れたわ」 「この教科書って……?」 ちらりと僕の方を見て、無言のまま今自分の机に入れた教科書を自分の口元を隠すように持ち、裏書を僕に見せる。そこには委員長の性格を反映しているような、素直かつ綺麗な楷書で『辻川 友香』と書いてあった。 僕の机の上に置いてある教科書をひっくり返すと、そこには僕の、女の子と間違えられるような丸っこい字で『向井 誠一』と、同じように書いてあった。 「あれ、あれ?」 慌てて鞄の中を開けてみると、鞄の中から数Cの教科書が。今日の授業は数Ⅲの方。 そういえば確かに昨日はせっかく数Ⅲを勉強したというのに、全部本棚から教科書とノートを入れた覚えがある。やっぱり意識が朦朧としている状態で翌日の準備をしては駄目だね。 「…………」 「気をつけなさい」 「面目ないです」 僕がそう言った直後にチャイムが鳴った。それと同時にうちのクラスの担任である初老の男性が教室に入ってきて、騒がしかった教室がすぐに静かになった。 「えー、出席を取ります」 嗄れ声で男女混合、名前の順番に呼んでいく。 「鈴木」 「はい」 「住倉」 返事は無い。 僕が振り返ると、やはり空席。 「住倉は今日も遅刻か。誰か連絡は受けてないか?」 皺が入った眉間に更なる皺を刻んで担任の大下先生は髪と同様に白くなった髭をいじる。クラスから全く声が上がらず、手も挙がらないのを見て深々と溜め息を吐いてから次の名前を呼んだ。 「住倉さん、今日も来てないね」 確か昨日と一昨日も朝のHRに間に合っていなかったような。 小さく委員長に尋ねてみると、素っ気無く答える。 「もう来てるわよ、彼女」 「え?」 ちらっと視線を合わせるだけだったけれど、思わず委員長の方へ顔が向く。 「朝、私が来たときには居たもの。でもその後、何処かへ行ったわ」 「じゃあ来てたって教えてあげればいいのに。委員長って結構意地悪なんだ」 「誰が意地悪よ。すれ違っただけで別に連絡は受けてないもの」 「それはちょっと、詭弁のような」 「言っておいて欲しければ彼女から言ってくるの。だから勝手な行動しない方があの子の為にもなるわ。……あなたは知らないかもしれないけど、あの 子ってちょっと変わってるのよ。1年から私はずっとクラス一緒だから知ってるんだけどね。全体的にこう、表現しづらいくらいに変わってるの」 確かに初めて見たときはなんというか、笑い方が卑屈な感じがあって、それでいて何か見透かしているような感じがある気はしたかな。それでも自己紹介はぼそぼそ喋ってること以外は無難だったと思うから、委員長が言うほど変わってる印象が無い。 「でも少し喋り方がおかしいとか、考え方が違うとかいうだけで距離を置いちゃうのはどうかなあって思うんだけど……」 「そういうレベルじゃなくて。もう根本的におかしいのよ」 と、突然委員長が立ち上がって号令。僕も慌てて立ち上がり挨拶。朝のHRは終了し、委員長は着席してからさらに言葉を続ける。 「根暗で誰とも接点を持たないタイプに見えて向こうから話し掛けてくることも多いかったり、天才肌で勉強が出来るように見えて実は理系科目以外は ボロボロだったり、運動神経が全く無さそうで水泳だけは得意だったり、お菓子作りは得意なのに普通の料理は壊滅的だったり、暗くて狭いところじゃないと落 ち着かなかったり」 「それはなんというか……凄いのか凄くないのか、良く分からないね」 「ええ。料理の場合は単にあの子、凄い甘党だから目玉焼きにすら砂糖を掛けちゃったりするだけで、食べられないものを作るってのではないんだけど」 「それは……その……」 朝からそんなものを食べるのはちょっと、キツイかな。 「あれであのスタイルっていうんだから、神様は信じないけど、人間自体の遺伝子がほとんど似通ってるなんていうのすら到底信じられないわよ」 再度溜め息を吐く委員長。 「それで1年も2年もクラス委員長だったから、プリント提出してないとかいう度に彼女を探さなきゃいけなくて。そうしてたらいつの間にか仲良く なってた。1年生のバレンタインデーにトリュフチョコの詰め合わせみたいなのを貰ったこともあったわね。綺麗に1個ずつ違うのが6個も入ってたから買って きたのかと思ったら、全部手作りとか言ってて驚いた覚えがあるもの。それも私と家族にあげるためだけにだって」 「手作りで委員長に……ってまさか住倉さんって、そういう趣味の人?」 そういう、っていうのはまあ、そういうこと。別に女性同士でも、うん、悪くはないと思うけど。 「どっちもオーケー、というよりも単に気まぐれなのよ。2年のバレンタインデーは特に何も無かったしね。むしろあの子の方が……」 「あの子?」 慌てて首を振る委員長。 「何でもない。とにかく、彼女はかなりの変り種よ。みんなが係わり合いを持ちたくないのも分かるくらいに」 「そうなんだ」 答えて僕は再度後ろの席を見やる。 なんだか可哀想な、そうでもないような。感想まで良く分からなくしてしまう人なんだなあ、と思う。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/34.html
翌朝は、やっぱり委員長が最初に出て行った。 「恥ずかしがらずに、一緒に行けばいいと思うのだけど? 別に手を繋げとも言っていないのよ?」 「絶対に嫌」 優雅に紅茶を啜っていた住倉さんに即答して、委員長はまだ七時前だというのに出て行った。 「でも委員長、随分早く出て行ったよね。昨日は結構遅めだったのに」 「陸上部の朝練があるのだから当たり前だわ」 「そっか。……あれ? 委員長って陸上部だっけ?」 昨日は何か別の用でもあったから遅かった、ってことはないよね? それに、帰り際とかに校庭で見た覚えが無い気がする。 「冗談よ」 「……住倉さんの冗談は分かりづらくて困るよ」 苦笑しながら、僕は自分のカップにおかわりの紅茶を淹れた。 「で、本当のところは?」 「さあ? 私が知っているとでも?」 「うん」 僕は素直に頷く。だって、いろんな人が委員長と話をしているときを見たことがあるけど、少なくとも僕が覚えている限りでは、一番住倉さんと話してるときの委員長が自然体な気がしたから、きっと多分委員長は住倉さんに何でも話してるんだと思ってた。 とは言っても、今まで委員長を意識したことなんて殆ど無かったから、ここ最近で思い出しうるシチュエーチョンだけで話をしてるんだけどね。 カップを持っていた手を止めて、住倉さんはちらりと睫毛の長い目をこちらに向け、無言のまま目を閉じた。答えてくれる気は、どうやら無いみたい。 「まあ、詮索するのも悪いし、気にしないでおこうかな」 「そうするのが得策だわ。女には秘密が似合うもの」 言って住倉さんはカップを置き、机に立て掛けてあった鞄を持った。 「住倉さんももう行くの?」 「ええ。何? 一人で行くのが怖いのかしら? なら、お姉ちゃんと一緒に行きましょうか?」 僕の「ううん」という否定を聞き届けると、天使とか姉とか設定がころころ変わる住倉さんは小さな笑いを残して、リビングを出て行った。すぐに玄関が開く音がしたから、多分そのまま家を出ていったんだと思う。 「……あ、しまった」 今日は二人とも、見送り忘れちゃった。明日はちゃんとしよう。 皿洗いをして、日課の星占いを見てから、僕は隆二といつも通りのルートで登校。 教室に入ると、僕の席の後ろに、珍しいと言ったら失礼かもしれないけど、住倉さんが僕の席に座っている委員長と何事か話しているところだった。 そういえば昨日、全出席って言ってたっけ。 「……よね」 「あれはギャグだと言ったでしょう?」 「何の話?」 珍しく、と言ってはなんだけど、学校でこの2人がまともに話をしている姿を見るのは、記憶の中ではこれが初めてだと思う。家では割と喋ってたけど。 「あ、ごめんなさい。ちょっと席借りてたわ」 「いいよ。それで――」 「その話は、ちょっとまずいわ」 委員長は辺りを見まわし、目を伏せる。 「あ、そういえば……確かにこんなところで委員長たちと話をしてたら、どんな勘違いされるか分からないよね」 「そうじゃないわ」 「え?」 「とにかく」 何だか、無理やり話を打ち切られた。 結局会話の内容は分からず、僕が委員長と入れ替わりで席に座った途端に来たうちの担任のお陰でガールズトークは終了したみたい。 休み時間でもなんだかちょこちょこ話をしていたみたいだけど、話の内容は教えてもらえず。 それからあっという間に放課後。授業は……半分くらいはちゃんと聞いてたよ? 「今日はどうするの?」 僕の言葉に、隆二は小さく唸る。 「ゲーセンにでも寄って行こうかと思ったんだが、ちょっとやることがあってな……」 「そうなんだ」 やれやれ、と肩を竦めてから隆二は言った。「ちょっくら行ってくるわ」 「行ってらっしゃい」 軽く手を振った僕は、やることが無くなってしまったから、直行で家に帰ることにした。 階段を降りていると丁度二階廊下を見慣れた人が、何か髪を抱えながら一人横切った。 「生徒会長……じゃなかった、桜瀬さん」 二つの小さく結んだ髪を、まるで動物の耳のようにぴこぴこと動かしながら歩く桜瀬さんは、僕の声に気づいて振り返ると、 「あ、向井さん。お久し……では無くて、朝ぶりですね」 「はい。……随分重そうですね?」 桜瀬さんが抱えてるプリントは数百枚には上る。多分、全校生徒分あるんじゃないかな? 自分の手元のプリントを見てから「ああ」と言ってから、 「全然重くないですよー。ほら、それにすぐそこが生徒――」 重いのに無理して振り返ってしまったのが、多分何もかもの元凶なんだと思う、僕は。 持っていたプリントを、お決まりというかお約束というか、床にばらまきながら何も無いのに、どてっと大きな音を立てて桜瀬さんが転んだ。あー、やっぱり重かったんだ、と思ったのと同時に、桜瀬さんには今度からすぐに「持ちますよ」って言った方がいいんだなって分かった。 半泣きになってた桜瀬さんを手伝ってプリントを集め、今度は半ば強引にだけど、僕がプリントを持ち上げた。 「えっと、何処に持っていけばいいんですか?」 「あ、は、はひ。……えっと、あっちの、生徒会室、えす」 まだ少し泣き顔の桜瀬さんが指差した方向は、さっき生徒会長が振り返って示そうとしていた方で、この階の一番端にある、僕がまだ今まで足を踏み入れたことがない部屋だった。 生徒会室……ってことは、生徒会長である桜瀬さんと、副会長さん、そして桜瀬さんの妹さんも居るんだよね。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/27.html
6限、帰りのホームルームまで、平穏かどうかは分からないけれどとにかく終わって、無事に全日程が終了した。 「どっか寄ってくか?」 「うーん……やめておくよ」 「お前小遣い少ないしなあ。おばさんとかに強請ればいいと思うぜ」 「別に少ないとは思ったこと無いよ。小学校のときは学年掛ける100円だったし」 掛ける言葉も無い、とでも言ってるかのように額に手をやった隆二は僕を呆れたような目で見る。 「ま、お前が良いなら良いんだけどだがよ。ま、帰ろうぜ」 「うん」 先に出た隆二を追いかけるような形で僕が外へ出ると、 「痛っ」 誰かとぶつかり、僕は受身も取れずに後ろにひっくり返った。最初から受身なんて練習してないけど。 「あたた……ごめんなさい」 「……」 僕を見下ろしていたのは、日焼けして褐色の肌と女性らしいかなりのプロポーションを持った、鋭い目つきの女子生徒だった。髪は腰元くらいまで綺麗に伸びた黒髪で、束ねるでもなくただそのまま垂らしてある。 謝罪するでもなく、非難するでもなく、倒れた僕を頭の先から上履きまで睥睨してから、時間が惜しいとでもいうかのように女子生徒はつかつかと歩いていってしまった。 「おい、大丈夫か誠一」 「特に怪我とかはしてないから、全然問題は無いよ。……それにしても彼女、何であんなに僕をじろじろ見てたんだろ」 「さあな。でもあれ、うちんところの委員長の妹だぜ」 「え?」 確かに委員長は妹が居るって言ってた気がするけど、目の鋭さ以外は(こういうと委員長は怒るだろうけど)あまり似ていないと思う。 「水泳部ではかなり有望な選手らしくてな。彼氏も水泳部の大会で手に入れたとか聞いたな」 度々デート中が目撃されているらしい、と付け加える隆二。 「そうなんだ」 委員長の妹さんってことは委員長がうちに来ているってことは知ってるはずだろうし、もしかして僕を見に来たとか? 「ま、大丈夫ならそれでいい。帰ろうぜ」 「うん」 僕たちは階段を降り、学校の校門前まで出ると軽く手を上げて別れた。駅前に行くには僕の家の方向とは逆になるから。 隆二を見送って僕は深々と溜め息を吐く。 ようやく1日、というか学校が終わった。本当はお小遣いが足りない、というよりも最大の問題は委員長に鍵を返してもらっているから、僕がいつま でも帰らないとまた委員長が家に入れないことだったりする。明日から勝手口だけでも鍵を開けておこうかな。それよりもお父さんにお願いして、家の鍵を作っ てもらおうか。新しく鍵を作ってもらうにしてもマスターキーが無ければ作れないはずだから、お父さんに電話してお願いするしかないかな。 なんだか今日はいろいろ疲れたなあ、と溜め息混じりに歩いていると家の前に、うちの学校の女子が倒れているのが見える。 「……って倒れてる!?」 冷静に状況を分析している状況じゃない! 「だ、大丈夫ですか?」 慌てて駆け寄ると、肩まで伸ばしたストレートヘアの隙間から僕をじっと見る目が。 「……住倉さん、何してるんですか」 「お腹、減った」 「お腹?」 「そう。お腹が減ったの」 「……分かりました。じゃあ家に――」 って駄目だ。まだ委員長は帰ってきていないけど、帰ってきたらまずいことになる。 「入っていいのね」 「あ、あの、何処か別のところで、」 「無理。もう動けない」 「今ちょっと家散らかってるから……」 「構わないから」 有無も言わさぬその勢いに呑まれ、僕は頷いた。 「食べるものだけ、ですよ」 「ええ、十分だわね」 手を引いて住倉さんに立ってもらって、僕は先に鍵を開ける。自分で土埃を取った住倉さんはおとなしく僕の後に家に入ってきた。 ……リビングには特に何も物、置いてなかったっけ? 「ちょっと待ってて。リビングを軽く片付けてくるから」 「構わないわ」 「僕が構うから、ね」 「そう。あなたが構うなら仕方が無いわね」 頷いた住倉さんをそこに残して僕はリビングに入り、鞄をソファの傍に置いて辺りを見回す。委員長のものは……ここには無さそう。台所の中も調べ てみるけど、こちらもこちらで委員長に繋がるものは何も無い。委員長用の茶碗とか箸はまだ用意してないしね。これならばれないと思う。 「お待たせ、住倉さ……あれ?」 居ない。さっきまで玄関で座っていた住倉さんが、居ない。 直後、トイレの水を流す音が聞こえてきて、トイレの扉が開くと同時に手をハンカチで拭きながら住倉さんがいつもの眠そうな瞳のまま現れた。 「住倉さん! びっくりしたよ、突然居なくなるから」 「生理現象は仕方が無いの」 「……ま、まあ、そうだね。じゃあこっちに」 「ええ」 家の中を探されたのかと思ったけど、そうじゃなかったようで一安心。やっぱり何を考えているのか、良く分からない人だと思う。 「綺麗じゃない」 「慌てて片付けたからね」 「その割には埃、ほとんど無いわね」 言って電話が置いてある台に指を走らせてから答える。う、なんというか、鋭い。 あまりこの辺りは詮索されたくないから、僕は早めに話を本題に切り替える。 「えっと、何が良い? すぐに食べられるものならお菓子がいくつかあるけど」 「甘いものがいいわ。それと牛乳」 お菓子が入った籠の中を探すとピーナッツ入りのブロックチョコレートがあった。というか甘いのはこれくらい。 「チョコレートがあるけど、ピーナッツが入ってる。それでもいい?」 「ええ、もちろん」 お菓子が入っている籠からチョコレートを出して、牛乳をガラスのコップに注ぐ。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 徐にそれを受け取って、封を切る。僕はその姿をじっと見ているわけにもいかないし、委員長が突然帰ってきても困るしで、内心かなり焦っていた。 委員長の電話番号かメールアドレスくらい聞いておけば良かったかな。そうしたらもうちょっとどこかで時間を潰してきて、とか連絡できたのに。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/26.html
昼食の時間。つまりお昼休み。 「学食行くか?」 「混んでそうだから、購買にしようかな」 「どっちにしても並ばなきゃいけないだろ?」 「混んだままずっと食事をしてなきゃいけないのがちょっと……」 知らない人との相席は結構気を使う。あまりしたくないなあ、なんて思う。 「お前は気が小さいな。それくらい大したことないだろ」 「隆二は何も気にしなさすぎなんだよ」 「んな訳あるか」 「せんぱぁーいっ」 言い合いには到底ならないけれど、僕が再度返す番だと思っていたら唐突に聞こえてきた声でそれは中断された。僕と隆二は顔を見合わせ、その高らかかつ黄色い声と表現すべき歓声の主に視線を送る。 「来た……」 額に手を当て、夏休みの宿題を最終日に全部持ち越してしまったような表情の委員長はちらりと教室の後方を見、「あれ?」との言葉を漏らした直後に背後から抱きついてきた後輩に「ひやぁっ!」と普段冷静な委員長らしからぬ声を聞くことができた。 「先輩、辻川先輩。お昼まだですよね? ご一緒しましょう!」 「あ、あの私は……」 「今日もお弁当作ってきたんですよ。あ、生徒会室が開いてるんでそこへ行きましょう。姉も副会長も食事はあそこでしませんし」 問答無用。その言葉がここまでふさわしいと思ったことも無かったかな、と思うくらいに委員長の言葉を全く聴かずに見覚えのある顔の後輩は委員長を半ば引きずりながら教室を出て行った。多分クラスの大半がそうしていたと思うけど、ぼんやりとそれを見送るしかできなかった。 「桜瀬さんの妹さん、今日も来たね」 彼女も生徒会選挙のときに見た覚えがある。桜瀬ひよりさん。姉の明菜さんが髪を2つに縛っているのと対照的に、小さいポニーテール1つに縛って いる。性格も上品でおっとりした感じの明菜さんとは対照的に、すがすがしいほどの元気とはきはきした発言とかが印象的だ。でもこのところはこんな調子で平 日は必ず昼食のときに委員長のところへ来ていて、ちょっとイメージが変わってきた。 「ああ。委員長にベタ惚れなんだな、やっぱ」 「先週も来てたからね」 「ちなみに去年からあんな感じだ」 委員長も結構大変なんだなあ、と既に2人が出て行った扉を見ながら思う。 「……つーかあれだよな」 「何?」 「生徒会ってなんだ、こう、変人の集まりだよな」 「変人は言いすぎだけど……ちょっと変わってるかもね」 「それを世間は変人と呼ぶ」 あはは、と僕は苦笑いしてからふと思い当たる点が。 「あれ、でもこの時間って生徒会室使っていいのかな」 「さあな。いいんじゃないか? 食事のときに使ってはいけない、なんてのも特に書いてないはずだし」 書いてなければやっていいというわけでもない気はするけど、ちゃんと生徒会の人が使ってるわけだから体裁的にも間違いは無いのかな。 「それよりもさっさと購買行こうぜ。あまり遅いと混む上に物がなくなるぞ」 「そうだね」 僕と隆二は揃って立ち上がった。 「時間、随分掛かったね」 「全くもって遺憾だ。後10分しかねえじゃんか」 「だね」 買ったメロンパンの袋を開けて、僕は齧りつく。住倉さんの席を勝手に借りている隆二はカレーパンを咀嚼しながら、窓の外を見る。 「いいよなあ、この席。どうせ住倉ほとんど来ないんだから、席交代してくれりゃいいのに」 「それは嫌」 「うおっと」 唐突に隆二の声に即答したのは、今隆二が座っている席の持ち主だった。 「住倉さん、おはよ……あ、こんにちは」 「こんにちは。……牛乳」 彼女の机の上に置いてある500mlのパックをちらりと見て、住倉さんはぽつりと声を漏らした。 「うん。昔から牛乳好きだから」 「……だからそんなに少女的な顔立ちなのね。理解したわ、ふふ」 肩ほどまで伸ばされ、前髪も少し目に掛かる程度伸びている髪を払うこともせず、実は幽霊なんじゃないかと存在しているのかいないのかが噂になるようなクラスメイトは意味深な笑いを浮かべた。身長は座っている隆二よりもほんの少し高いくらい。 「えっと……どういうこと?」 「牛乳には女性ホルモンが多量に含まれているわ。だから小さい頃から牛乳を飲みすぎると体内の女性ホルモン量が多くなる。だから子供が多量に摂取 すると男子も女性らしい体つきになったりする……って話よ。それに飲めば飲むほどカルシウムが上手く摂取できず、むしろ骨粗しょう症を引き起こすかもしれ ない、とも言われているわ」 「そうなんだ。怖いね」 「何が正しいかは分からないけれど、ね。ふふ。世の中に疑問を持つことは大切。あなたが信じていたもの、ことが全て粉々に崩れ去る、砂上の楼閣だったと知ってもいいなら」 「勉強は嫌いだけど、雑学は好きだよ」 多分皆そうなんじゃないかなと僕は勝手に思っている。 「そう。いい傾向だわ。ちなみに私が言ったのも嘘かもしれないから絶対的に信用しないことね。他人の意見を鵜呑みにして、さも自分の意見のように振舞うのは馬鹿のすることだわ」 「肝に銘じておくよ」 「……まともに会話が通じてることに俺は強い疑問を持つんだが」 隆二の視線が僕と住倉さんの顔を往復する。 「あなたがしたいなら、やぶさかではないけれど」 「俺はいい」 残り少ないオレンジジュースをストローで啜って音を鳴らしながら隆二は視線を再び外へ向ける。 「ところで……ゴミはちゃんと捨ててくれるわね? 机を使うのは構わないけど」 「あ、うん。大丈夫。それよりも住倉さん、ご飯は?」 「摂取済み。学食が開いた直後に」 ピースサインを出すのはいいんだけど、ちゃんと授業出てからにすべきじゃないかなあ、と美人なはずなのにどこか怖さとか不思議さを兼ね備えた住倉さんの顔を見る僕。 と、その背中の向こうに委員長が疲れ果てた表情で戻ってくるのが見えた。 「お帰りなさい」 「……疲れた」 自分の机に戻ろうとしていたらしい委員長は丁度その席の傍に立っていた住倉さんを見る。 「ややか、戻ってたの」 ややかというのは住倉さんの名前の方。ちょっと変わってると思う。 「また出て行く」 「授業は?」 「受けない」 「そ。出席日数はちゃんと計算してるわね」 「ええもちろん。明日は全出席」 「ならいいわ」 短い会話だけで委員長は机に突っ伏す。 「大丈夫?」 「他の誰にも見られていなかったから良かったものの、あれ見られてたら……死ぬわ、私」 なんとも想像したいような、したくないような状況だったんだろうなあと僕は推測する。 「…………」 「どうしたの、住倉さん」 「…………うふふ。そう、なるほど。なるほどね。分かったわ」 何か良く分からないけど住倉さんは自己解決したらしく、また笑顔というには少しホラーチックなものを浮かべて僕を見ていた。 「それじゃあ、また後で」 「うん。またね」 「澤田君もちゃんとゴミは捨てるように」 「分かってるっての」 去っていった住倉さんを見送ってから気づいた。 「あれ? 住倉さん、隆二の名字覚えてたね」 「去年は同じクラスだぞ」 「そうなんだ。……あ、そうか。委員長さんが住倉さんと去年同じなんだから、そうなるね」 でも委員長は隆二の名字忘れてたってことは、どれだけ委員長にとって隆二は印象薄かったんだろうと僕は1人苦笑した。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/25.html
後5分ほどになったところで、話を切った委員長は授業の準備をしてから席を立った。それと入れ替わりのように隆二に声を掛けられる。 「おい、誠一」 「どうしたの、隆二」 「お前……やはり改造されたのか」 「……へ?」 予想だにしなかった言葉に僕は思わず素っ頓狂な声を上げる。 「委員長と長々話をしているお前なんか初めて見たぞ」 あ、そうだった。僕も昨日まで、委員長とはほとんど面識が無く、単に隣の席の女子生徒でしか無かったんだ。 「単にほら、気まぐれだっただけだよ」 「気まぐれ? あの委員長が気まぐれでお前に話しかけてくるとは思えないな」 「そうかな?」 「女子連中からはすぐに話しかけられるし、話しかけることもあるだろうが男子連中に話しかけるのは提出プリントを出してないとか、通行の邪魔だから退けとか、そういう類だけだろ」 委員長の行動を思い返してみる。回想すること数秒。 「……そだね」 「ってことは気まぐれなんてことはまずありえないし、もし本当に気まぐれだとしたら……もしかするとお前に気があるのかもしれないぞ」 「それは無いと思うけど」 「あってもやめておけ。あれは絶対に嫁にしてはいけないタイプだ。死にたくなければやめておけ。絶対にやめておけ。大事なことだからもう1回言うか?」 「十分すぎるよ。って死は言いすぎだと思うけど」 委員長はそこまで酷い人では無いと思う。 「いやいや、この学校で付き合いたくない女は生徒会副会長かうちのクラス委員長かっていうくらいだぜ」 それはちょっと酷いと思う。 「……あれ? 生徒会副会長?」 「お前も副会長の顔くらいは知ってるだろ。今日の朝、居なかったってのは気づいたんだし」 「もちろん。生徒会選挙のときに張り出されてる写真を見たからね」 うちの生徒会選挙は割と本格的で、時期になると必ず生徒会選挙用のポスターが学校中に貼られる。また生徒会選挙用の選挙委員も1年から3年まで 全クラスから一人選ばれるし、演説なんかも下校時くらいに行われる。ただしうるさくならないように拡声器やマイクの使用は禁じられていたりする。 今回は生徒会長さん……じゃなくて桜瀬さんと生徒会副会長さんは対抗馬が居なくて信任投票になってた。桜瀬さんはさっきの通り8割を超えていた けど、生徒会副会長さんは確か6割超えだったかな。本格的な選挙とはいえ、生徒自体は大して生徒会長が誰になるとかいうのはあまり気にしない人ばかりだか ら、投票用紙を貰っていても大抵投票率は半数くらい。有効投票率が6割を切っていて、対抗馬が居ない場合は勝手に信任されるという仕組みになっているか ら、勝手に生徒会は選出されていく。 だから2人とも投票数はかなり高い方だと思う。その副会長さんが何でそんなに怖がられているんだろう。 「美人だろ? 生徒会副会長」 「そうだね」 雰囲気は委員長をさらにきつくした感じで、さらに切れ長な目が少し冷ややかな印象を与えてる。それと綺麗に腰元まで伸ばした黒髪が綺麗だなあって思った覚えがあるし、生徒会選挙のときの公約なんかも凄く分かりやすく説明できてた。 「ものすごくスカート短いしな」 「委員長とは犬猿の仲だよね。あんなスカート丈は健全ではないとかなんとか、前噛み付いていたのを見たことあるよ」 「ああ。胸は平均よりも控えめだと思うが、そんなことを吹き飛ばすくらいにあのスカートから伸びる太ももはいつも釘付けにされるぜ」 分からないでもないかな。だって、男だもの。 「でもさっきから聞いてる限りだと、ちょっとだけ派手で別に何も無いように思うけど」 「性格がな……委員長を遥かに上回るものらしい」 と、ここで委員長が戻ってきた。 「次の休み時間に続き話すわ」 「うん、分かった」 程なくしてチャイムが鳴り、委員長の号令と共に授業。半分くらいうとうとしながらも、委員長からシャーペンの背で突かれたりしてなんとか現代国語の授業を終えた。 「それで生徒会副会長の性格の話の続きなんだがな」 「うん」 休み時間終わってすぐ来た隆二は笹倉さんの席に勝手に座って話を再開した。 「例えるなら鋭利なナイフで心臓を抉りながら、さらに頭を拳銃で打ち抜きつつ、血管に空気を注射するような感じらしい」 「…………凄くエグいね」 「エグいどころじゃねえ、あれは。精神ズタボロになるらしいぜ。まだ生徒会始まって1週間くらいだろ? なのに既に会計2人、書記1人がやめちまってるらしい」 「あれ? 生徒会って会長、副会長、書記、会計で書記と会計は2人ずつじゃなかったっけ?」 確か会計は2人とも男子で、書記は男子と女子1人ずつだったと思うんだけど。 「そうだぞ。ちなみに残ってる書記はあの桜瀬生徒会長の妹さんだ」 「ええと……それって男子が全員やめちゃったってこと?」 「そういうこった。でもな、男子が弱いんじゃないんだぜ。あの生徒会副会長、再計算して1円でも間違ってれば『私は間違えました、ごめんなさい』とA4のルーズリーフ1枚表裏、書かせてくるらしい」 それは手が……辛いなあ、なんてことを考えながら隆二の言葉を聴く。 「つーかたまに後からレシートが出てきたりすることがあるらしいんだが、それだけでもそういうことになるらしい。前任がいい加減な管理してただけなのにな」 「そうなんだ」 「書記の場合はちょっと文字が読みづらいだけで駄目なんだとさ」 「でも記録として残さなきゃいけないものだから……」 「硬筆で初段持ってる人間に対して言うんだぜ。お前とか俺の文字なんかその場で殺害されるレベルだ」 それはちょっと、怖い。 「これだけだって既に続けられる気がしないってのに、会計ならレシートの束で頬を叩かれ、書記はノートで頬を叩かれ、「こんなのも出来ないなら存在する価値も無い。消えうせろ」と言われるらしい。今の台詞誇張無しだぜ。そのままこれを言われたんだとよ」 なんていうか嫁いびりの姑以上だと思う。 「教師陣とかはどうしてるんだろう」 さすがに生徒会が3人になってるとなったら、いくらなんでも黙っていないんじゃないかな。 「それがだな……あの桜瀬さんがまずおっとりしてるから折衝ごとなんかは上手く立ち回れるから会議の進行が上手いらしい。で、桜瀬さんの妹の方が かなり字が上手く、副会長も文句は言ってないんだと。さらに副会長は計算も得意だし、判断も早い。十分に回るレベルらしいんだわ」 「でも忙しくなったら3人はさすがに難しいと思うんだけど」 「どうだろうな。何にしても今は十分すぎるし、遅滞無く全てが進んでいる。さらに言ってこの話は既に結構広まっていて、他の立候補者が出てこない」 「……それはもう、なんていうか、手の付けようが無いね」 「だろ。あの天使みたいな桜瀬さんが居るってのに、なんでやめるのかと思えば……納得だぜ」 「だね」
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/39.html
「今からでも無かったことにしてください」 「うーん、それはちょっと無茶な話なんですよ」 校長室。生徒会長室よりは想像に近くて、木製の大きな机と椅子が奥にあって、手前にソファと机が置いてある。その横にいろんな賞状や盾が飾ってある棚。あ、盆栽みたいなものも置いてある。叔父さんにこんな趣味あったっけ? 想像と違うのは、部屋をぐるりと取り囲むようにして、何故か歴代の校長の写真が飾ってあること。小学校の頃って、校長室って歴代校長の写真なんか飾ってあったかな? 後は大型テレビが置いてあること。もしかしてみんなが授業中にテレビ見てたりするのかも。いいなあ。 そんな、普段入るようなことのない部屋の中で、僕は学校長の叔父さんにある相談をしていた。 ……っていちいち ある なんて言葉で隠す必要も無いよね。僕が今、叔父さんに話すことなんて1つしかないし。 「委員長……辻川さんを、何で家に返してあげられないんですか」 ここだけ切り取ると、凄く誤解されそうだけど、ずっと話題になってきたことだから、きっと分かるよね。委員長がうちにもう来なくて良くなるよう に、取り計らってくださいっていうお願い。委員長が来るのが嫌だってわけではないんだけど、やっぱり同世代の女子と生活を共にするのは、ちょっと落ち着か ないし。委員長もきっと同じこと思ってるだろうから。 特別難しそうな話ではないのに、校長先生は首を横に振ってくれなかった。 「こっちも彼女を向井君の家に送るのに、いろいろ手を尽くした後なので、今更無かったことには出来ないんですよ。最低でも一年はこのままでお願いします」 あはは、と苦笑いで答えた叔父さん、条桜院高校の校長である大橋孝之叔父さん。まだ40代のはずだから、異例の若さの校長先生だって言ってた気がする。 「一年って……卒業までってことですか? 僕達、三年なんですよ? 入試のために勉強をしなきゃいけないですし……」 「うん。もちろん、知ってる」コーヒーを啜りながら(校長室は飲食禁止とかではないのかな?)、僕を見る。「だからこそ、だよ」 「だからこそ?」 「そうそう。あれ? そこはもう、辻川さんから聞いていないかな?」 「……あ、はい。そういえば聞いてます」 僕が勉強だけに集中出来るよう、お母さんが取り計らってくれた。でもきっとそれは口実で、実際はやっぱり一人で置いていくのは心配だった、ってことかな? 僕の家に派遣する子を決めるとき、危ないことにならないようにって、選ぶ人は誰にするか、慎重になってたって委員長が言ってたっけ。何か、そういやあのときに委員長、怒ってたような。 「でも……」 「まあ、ほら。女の子と一緒に生活できるなんて、良いことじゃないかな?」 やった事が無い人にはそう思えるのかも。実際、僕も最初はそう思ってたから。 実際に共同生活をやってみるとそんなこと、言ってられないんだけど、ね。特に委員長と住倉さんとは……。 あ、そうだった。1つ予想外だったこともあったんだ。 「あの、今……委員長以外の女の子も居るんです」 「……へ?」 クエスチョンマークを、クリスマスの三角帽子みたいに、見るからに頭に載せたその人は、僕の言葉に目を丸くした。 どういうこと? そう言いたげな瞳に、僕はその一部始終を説明した。 言い切った僕の話に、やはり相変わらずの疑問符を残した校長先生は言った。 「なるほど。姉さんがあんなことを言い出さなければ、その住倉さん? も来なかったんですね」 「まあ、そういうことになります」 もちろん、あの住倉さんだから、何かのきっかけで押しこみで僕のところに来るって可能性はゼロではないけど、少なくともその時期は大幅に遅らせることができたと思う。多分。 後、委員長が帰れば、一緒に帰ってくれる、気がする。 自信がないのは、住倉さんという人物を少しでも知ってしまったから。多分、住倉さんも住倉さんで一人暮らししてるんだろうから、そう考えると委員長が帰っても居座るかもしれないなあ、なんてちょっと思った。 それはさておき。 「こんな状況になったんですから、校長権限で――」 「いや、さっき言ったみたいに、いろいろ手を尽くした後だから、今更無かったことにはちょっと出来ないんだよね」 やっぱり話が堂々巡りになっちゃうんだなあ。うーん。 「その内にきっと、そういうにも慣れると思うよ? ちょっとくらい何かが起こっても、ほら、どうにかするから」 「起こりません」 何でそういう方向に持って行こうとするかなあ。 「あはは。まあそうしてくれると助かるけどね。一応姉さんには話しておくけど、あまり期待はしないでくれるかな」 「……分かりました」 もうこれ以上話をしていても、良い方向に話が転びそうにはないから、僕も諦めた。それにもう下校時間。早く帰らないと、夕食の準備が待ってるし。 「状況がよくなりそうだったら教えてください」 「そうするよ。多分、無理だろうけどね」 最初から諦められると、ちょっと困るんだけどなあ。 校長室を出てから「失礼しましたー」の言葉と共に一礼して、部屋を後にする。 はあ、何も収穫無しかあ。仕方がないけど、我慢するしか無いよね。 「あれ?」 今、慌てて大きな足音を立てて、校長室の前から走り去ったような。 ……聞かれてたとか? ううん、きっと気のせいだよね。 若干腑に落ちない気持ちを溜息にしながら、僕は鞄を提げて帰途についた。
https://w.atwiki.jp/oshikake/pages/31.html
一旦家に戻った住倉さんは制服のまま旅行カバンを肩に提げて戻ってきた。その間に黒のキュロットスカートと白地のTシャツに着替えてきた委員長と僕は2 人で、僕の隣の部屋を片付けた。正確には荷物を僕の部屋か外にある倉庫に運んだだけ。でも結構大物も多くて、終わったら委員長は「ちょっと疲れたから」と 部屋に戻っていった。 後は戻ってきた住倉さんを部屋に案内するだけなんだけど。 「じゃあ住倉さんはここ……あれ?」 2階まではついてきたのを確認していたのに振り返ると住倉さんは居らず、更に首を巡らせるとトイレの隣の物置を開けていた。 「住倉さん、そこはただの物置だよ」 「……ここがいいわ」 「え?」 「ここ」 「……あの、住倉さん。そこって窓も小さくて、換気もほとんどできないよ?」 「この暗さと狭さが丁度いいの」 頬に手を当てて感嘆の溜息を吐く住倉さん。徐々に住倉さんの行動とか思考が読めるようになってきたかなと思いきや、そんなことは無かった的な展開。うん、でもまあ、そんな予感はしてた。委員長とのやり取りを見ているだけでも、しばらくは無理だよね。 「何も置けないよ?」 「必要無いもの」 「ほら、授業の課題とか」 「スタンドライトを持ってくるから」 「壁が薄いから寒さと暑さにも弱いよ?」 「問題ない」 「……」 「くすくす」 ここまで”物置使いたいオーラ”を出されていては、こっちも拒否する理由が無くなってしまう。物置に人が住んではいけないという法律も無いし。 もちろん嫌がっている人を押し込めるのは虐待とかで問題になると思うけど、むしろ好んで入っているんだから僕が拒絶する理由は無い。 でもここってせいぜい2畳しか無いはず。こんな狭苦しいところに入りたがるんだろう。実は前世がネコだったとか? とにもかくにも、こちらから拒絶する理由は特に無いし、物置中の荷物を住倉さんに使ってもらう予定だった部屋へ移動させる。布団はお客さん用の ものを使ってもらうことにした。いちいち家から持ってきてもらうのも大変だろうし。というか僕に持って来いと言い出しかねないから、っていうのもあるんだ けど。 「この狭さ。良いわ」 いそいそと僕が持ってきた水色のシーツを掛けた布団を敷く住倉さん。 「あ、寝るときには扉を開けておいてね」 「夜這いの為ね? 分かったわ。着ておく服装に希望はある?」 「違う違う」 「窒息するからよ」 呆れ顔と溜め息を引きつれ、部屋に戻ってた委員長が戻ってきていた。 「あなたもあなた。毎回毎回ややかの変則球に対応してたら、これからやっていけないわよ」 「う、うん。分かってはいるんだけどね……」 委員長ほどまだ割り切れるというか、扱いに手馴れるというか、そこまで達してないわけで。 相変わらず眠そうに見えるような細目の住倉さんは更に目を細める。 「ふふ。まだ修行が足りないわね。末永いお付き合いになりそうだわ」 「それは勘弁してください」 「だからそうやっていちいち反応しないの」 ああ、神様。居るなら居るで返事してください。何でこんなことしたんですか。僕はこんな試練を乗り越えさせなきゃいけないくらいに悪い子だったんですか。 確かに容姿だけなら、っていうのも悪いけど、結構美人な2人に囲まれているというのは言うまでも無く幸せな部類だと思う。でもその中身がその、非常に言いづらいけど、扱いがたいというか理解しがたい人だからアウトです。乱闘沙汰になってもおかしくないレベルの。 まあ委員長も初っ端のアレが衝撃的だっただけで、それ以外は割とまともだから住倉さんとくくられると嫌がるかも。 「どうしたの?」 「う、ううん。何でもないよ、ははは」 恨み節とかはひとまず置いといて、住倉さんと委員長の生活拠点はなんとかなったから、後は家の中での決まりを決めなきゃいけないな。